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ヒデキマツバラの猫道Blog

日常に潜むシュールな瞬間を切り取ったドラネコ風エッセイ

クリエイターを目指すなら身につけておきたい5つの資質

創作

この夏、日本列島は東半分が台風回廊で、

こちら西半分は酷暑という名の来客に2ヶ月居座られた。

 

そして炎天下の我らがスタジオで進行していたのが

クリスマスコンサートの企画制作である。

 

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「真夏のクリスマス」と呼びたくなるような創作活動の傍ら、

音楽に限らず、クリエイターに必要不可欠な資質を5つにまとめてみた。

 

1. 季節外れな感性

季節感を先取りするのは、オシャレな人の常套手段。

しかし半年ほど季節を先取りできる感性があるならば、

あなたはクリエイターという職業に向いている。

 

かき氷をほおばりながらクリスマスツリーの飾りつけを考え、

クリスマスケーキを切り分けながら夏祭りの浴衣をデザインする。

紅葉に見とれながら桜の歌を詠み、

ホトトギスに耳を奪われながらヒグラシに涙する。

 

それは季節を先取りするどころか、まったくもって「季節外れ」である。

しかし「的外れ」ではない。

 

今あなたがアイディアを得て創ろうとしているものは、

仕上げて人々の元へ届くまでにタイムラグがあることを忘れてはならない。

 

クリエイターの作業工程は、本質的に農業である。

計画を立て、畑を耕し、種をまき、育て、収穫し、出荷するのだ。

 

ものを創るとは、時空を超えた仕事である。

だからこそ、真のクリエイターは時代を先取りすることが可能だ。

 

2. 天に委ねる

クリエイターとはいえ、所詮人間。

蝉時雨さえトーンダウンするほどの熱波が何十日も続けば、

クリスマスなんて蜃気楼のごとし。

 

南半球のクリスマスはこんな暑さなのかもしれない

と、水着姿でサーフィンするサンタの姿を想像して発想の転換を試みるも、

エアコンを1度下げるたびに、ジングルベルの鈴の音は遠のくばかり。

 

スランプである。

 

そうなると、一時的に創作から距離を置く決意も必要だ。

たとえ期限が差し迫った仕事であれ、

物理的、心理的、感情的に場を仕切り直したほうが、結果的にうまくいく。

 

思い通りに進めようとしてプロセスにこだわりすぎれば、必ず反動が伴う。

無理やり形にしたものは、誰が見ても力んでいて不自然なのである。

それは養殖の魚も同然。どう調理しようが、不味いことに変わりはない。

 

あなたがスランプの間ずっと太陽も沈んだままなら、少しは慰められよう。

しかしあなたの状態如何にかかわらず、夜が明ければ悲しいまでに日は昇る。

 

行き詰まったら、すべてを天に委ねよう。

お気に入りの本を片手に散歩して、すべてを忘れよう。

苦しむ必要はない。

あなたも世の人同様、今日という日を謳歌する権利があることを思い出そう。

 

停滞や中断というものは、あらかじめ創作工程に組み込まれた計画の一部である。

そう割り切ろう。

すべては天のみぞ知る。

だから神の計画に干渉するのはやめて、自由になろう。

 

 3. 地に足のついたリアルな現実感

新聞記者やレポーターは、目の前に見えている事実を

他人にわかる言葉や文章で伝える。

クリエイターは、頭や心の中で見えているイメージを

他人にも鑑賞できる形で伝える。

 

前者は事実を描き、後者は空想を描く。

しかしその制作手法は、本質的に変わらない。

 

クリエイターにとって、どんな空想の産物であっても

そこに当人なりの現実感がない限り、決して産み出せない。

従って、独創的なクリエイターを目指すほど

徹底的な写実主義からキャリアをスタートする必要がある。

 

また、日本以外の文化圏を最低2つは経験しておきたい。

もちろんネットを介した話ではない。

現地でリアルな空気に触れ、現地の人とまじわることが鍵だ。

見聞と見識、これほどクリエイターにとって強力な武器はない。

 

写実主義を極めると、そこから架空の人物が現れ、

架空の世界で架空の冒険を始める。

それを追いかけるのが作家や映画人、音楽家、デザイナーら

夢をつくる人たちの仕事なのだ。

 

こうして、あなたが夢中で何かをクリエイトする時、それは本物である。

あなたは作品に生命を与え、地上に産み落とす。

それは神のなせる技にも等しい。

注目を集めず、酷評にさらされてさえ、その存在価値は絶対的だ。

 

しかし、あなたが損得感情でクリエイトすれば、それは偽物である。

それがあなたに一時的な富と名声をもたらすことはあっても、

なぜだか幸せまでたどり着けない。

 

リアリティーこそが人を惹きつける。

だからメディアは衰退した。

 

4. 細部を観察する感度

クリエイターは、バランスや角度、色合いや素材、

風合いや味つけ、香りや手触り、光と影にこだわる。

 

クリエイターは知っている。

芸術は細部に宿ることを。

美しさ、楽しさ、豊かさ、価値あるもの、世界にひとつだけのものは

そこから生まれる。

 

「彼女は美しい」と言うより、

「彼女は花のように美しい」と言った方が、美しさが増す。

「彼女は真紅のバラのように美しい」と言えば、なお美しさが増幅する。

 

「彼女は春の野で笑うフリージアのようだ」

「彼女は夏の露に濡れたシロツメグサのようだ」

「彼女は秋風に揺れるコスモスのようだ」

細部を丹念に描写するほど個性が際立ち、

人柄や気品、空気感までも浮かび上がってくる。

 

「笑顔」という言葉は、明晰で単純で平面的である。

しかし「ほほえみの影」と表現する時、奥行きのある小宇宙が誕生する。

我々は想像力を働かせ、ほほえみの影をたたえた人物の情感や境遇へと思いを馳せ、

ほほえみとは対極にある心理的葛藤までも慮る(おもんばかる)。

 

クリエイターは感度が高い。

現実を細部まで観察する力をもち、常人なら見過ごす魅力に気づく。

それは創作現場ではなく、むしろ日常生活において培われる。

 

あなたの目に映るもの

目には映らないもの

感じるもの

裏側に潜むもの

本質的なもの

信じるもの

そうやって段階を追っていけば、ごく身近でありきたりなものから

宝石のような題材が見つかる。

 

見えないものを見て、聞こえない音を聞いた時、

夢という名のリアリティーが出現する。

 

5. 魔法にかかる 

これまで述べた1〜4項目は後天的なもの、

つまりやろうと意識すればできることである。

 

しかし、最後の項目だけは無意識の領域に属する。

それは遊び心、子供心、好奇心を誘発する領域でもある。

 

ふと気づいたこと、些細な疑問、不可思議な体験、

良識的な大人から一笑、一蹴されてしまうようなこと、

その中にこそ、魔法が隠れている。

 

すべての始まりは単純だ。

 

目に入った一つの単語

雑誌の中の一枚の写真

通り雨

色彩

 

ほんの些細なことで、魔法がかかる。

 

それがトリガーとなって体のどこかを貫通すると、

宝箱を開いたような瞬間がやってくる。

 

これを「爆発だ」と表現した芸術家もいたし、

「創造主たる神と一体化」した状態だと説く作家もいる。

 

確かなのは、「何か」とつながる感覚。

 

僕の場合、それはドラゴンの背中に乗る心地だ。

アミューズメントパークのアトラクションさながら、

ダイナミックに異次元の天地を勢いよく駆け抜けていく。

そのトランス状態が少なくとも数時間、時には丸1日中続く。

イメージやアイディアがテレパシーのように脳内へ雪崩れ込み、

それらに実際の言語や音楽というフォームを与え、変換していく。

こうして無我の境地に達すると、寝食といった人間の基本的欲求さえなくなる。

次から次へとパワーがチャージされ、超人的な生命の躍動を体現する。

 

「魔法にかかる」とは、そんな状態である。

そうならない限り、何を創っても徒労に終わる。

このブログだって、魔法なしに書けた回は一度もない。

 

これは天性の資質ではない。

人間なら誰でも備わってる、人智を超えた力だ。

植物でいえば、花を咲かせる潜在的な力と同種のものであろう。

 

魔法は確かに在る。

でも、魔法使いになる必要はない。

あなたは、ただ魔法にかかるだけでいい。