ヒデキマツバラの猫道Blog

音楽/創作活動のかたわら発見した気づき、笑い、癒し、そして魔法をつづったドラネコ風エッセイ

ココロの皆既日食 〜シカトされるの 誰のせい?〜

元気の素

マンションライフを送っていると、住人の方々と顔なじみになる。

ご家族、年配のご夫婦、一人暮らしの社会人。

 

エントランスやエレベーターで顔を会わせることがあると、なんだかうれしい。

「おはようございます」

「こんにちは」

「こんばんは」

笑顔で挨拶を交わすたび、元気の素が蓄えられていく。

 

すれ違う人なら誰でも挨拶する。

よその部屋の訪問客、運送配達員、清掃員、誰彼構わず

「こんにちは」

「お世話様です」

「ご苦労様です」

声を掛けるほど、自分の心と相手の心に陽光が射し込む。

 

でも、いつも期待通りに事が運ぶとは限らない。

中には頑なさを誇りにしている、つむじ曲がりな人だっている。

そういう厄介な人物を前にすると、皆既日食に遭遇した古代人のごとき惨めさを味わう羽目になる。

 

 

皆既日食

23時を回った、夜のエントランス。

エレベーター待ちをしていると、見知らぬサラリーマンが解錠して入ってきた。

 

新しく越してきた人なのだろう。

30代後半の働き盛りといった風貌で、背の高いスポーツマン体型。

こんな遅くに帰宅とあって、顔色が優れない。

こういう時こそ、相手を労ってあげたいものだ。

 

「こんばんは」

軽く声をかける。

 

「…………」

 

えっ、シカト!!?

 

ある意味、いい度胸の持ち主である。

なぜなら、すれ違うのならまだしも、そこからが長いのだから。

 

リーマンと並んでエレベーターを待つこと数十秒。

一緒にエレベーターに乗って、さらに数十秒。

 

間。。。間。。。間。。。

黙。。。黙。。。黙。。。

 

気まずい。

なんとも気まずい。

相手だって、内心気まずい思いをしているはず。

 

ほんの些細なことかもしれない。

取るに足らないことかもしれない。

でも物体を傷つけるのに一番効果的なのは、ピン先のように些細で取るに足らない道具である。

そして人の心を傷つけるのに一番効果的なのは、ピン先のように些細で取るに足らない言葉や態度なのだ。

 

次第に、腹立たしさを覚えた。

僕だって所詮一介の人間。

あからさまに善意を踏みにじられれば、カチンとくる。

エレベーターの中、前に立っているその男を、僕は背後から睨みつけた。

ドアが開くと、リーマンは逃げるように降りて行く。

く〜、あんなヤツ、二度と挨拶なんかするものか。

 

そして悲しみを感じた。

こんなことになるなら、親切心おこさなきゃよかった。

恥じらいを感じた。

相手にとって傍迷惑なお節介者でしかない自分自身に対して。

そして平静さを取り繕った。

悪い癖だと知りながら、悲しみも恥も心の奥に押し込む。

この髪の色と愛想の良さが、場や状況次第で仇となってしまうことだってあるのだ。

 

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ちょっとご想像いただきたい。

夜半のエレベーター待ちで、上記のごとく初対面の金髪男があなたに愛想よく挨拶してきた。

さて、あなたはどう反応するだろう?

 

状況を鑑みて、警戒態勢をとる人は少なくないだろう。

ましてあなたが女性だとしたら、脳内で退避アラートが発動、エレベーターをひとつ遅らせてでも僕との同乗を拒む方さえいるだろう。

とりわけ仕事、家庭、財産、慣習等々、型どおり守っていくべきものを沢山かかえている人ほど、型破りな存在を危険人物だとみなすのは想像に難くない。

 

ちなみにフランスだと、面識ない他人が笑顔で話しかけてきたら、即座に腹黒い犯罪者だとみなされる。

歴史上、他国の侵略や移民問題に悩まされてきた大陸国家ならではのお国柄と言えよう。

 

そして島国には島国特有の狭量な偏見が散在する。

黒髪でない限り、まともに受け入れられない。

愛嬌があってオープンマインドなほど、疎外される。

型から外れていることは、これ即ち災いの元とみなされる。

 

ニューヨーカーたちが聞いたら笑い飛ばすだろう。

出る杭を避けて、均質化した人生を送るしかないの?

無愛想で怖い顔してなきゃ意見が通せないの?

自分らしさを修正ペンで消さなきゃ一人前になれないの?

 

あぁ、早くニューヨークの空気を吸いたい。

何でもありえる街の空気を胸一杯に。 

ウォールストリートのリーマンが、生ニンジンかじりながら自転車通勤する痛快な街。

神様、どうか僕をマンハッタンの地にお連れください!

 

でも神様には別のお考えがあったらしい。

僕にJFK行きの航空券を手配する代わりに、別の結末が用意されていた。

 

 

ダイヤモンドリング

早朝5時。

街はまだ紺碧の中。

ゴミ出しで、マンションのエントランスから外に出ようとしていた僕。

そこへ外からスポーツウェア姿で走り込んできたのは、例のリーマン。

まるで狙ったかのように鉢合わせ。

 

「おはようございます!」

咄嗟のことで、思考回路を働かす間もない。

習慣とは恐ろしいもので、朗らかな朝の挨拶が僕の口をついて出たのが先だった。

 

「もう二度と挨拶してやらない」決意は何処へやら。

あ〜あ、どうせまたシカトされ、バツの悪い思いして終わりだよ。

懲りもせず、バカを見る自分。

お人好しにもほどがある。

日も昇らないうちからこんなことになるなんて、今日は厄日だ。

 

ところが、リーマンにとっても、僕の出現と出し抜けの挨拶は青天の霹靂だったらしい。

「おはようございます!」

すれ違いざま、おうむ返しに挨拶してくれたのだ。

 

まるで皆既日食から洩れ射した奇跡のようなダイヤモンドリング

それは、怒り、悲しみ、恥辱、疑念、嫌悪感、心の闇という闇を根絶やしにする神々しい光だった。

 

その光によって、僕の心に寛容性がもたらされた。 

そうだ、彼が僕を無視したのは、偏見からじゃない。

限界からだ。

 

あの夜、彼はストレスと疲れの中、帰宅したのだろう。

何か仕事上で心労やプレッシャーを抱えていたのかもしれない。

「こんばんは」一言返す余裕さえないくらい、心身とも消耗しきっていたにちがいない。

うん、人間だもん、そんな時だってあるよ。

 

こうして僕は心の中で彼と和解した。

そして自分自身とも和解できた。

 

 

宇宙の采配

あなたが誰かに誤解されても、それはあなたのせいじゃない。

あなたが誰かにシカトされても、それはあなたのせいじゃない。

 

それは相手の弱さと限界ゆえに引き起こされたこと。

あなたのせいじゃない。

相手のせいでもない。

 

問題が起きるのは、弱さと限界を隠して強がる時。

それは誰だって身に覚えのあること。

 

強く見せなきゃ生きていけない、そう勘違いしてるだけ。

すごいことをしなきゃ認められない、そう勘違いしてるだけ。

格好つけなきゃ愛されない、そう勘違いしてるだけ。

 

弱くていい。

限界があっていい。

それが人間だから。

 

怒っていい。

悲しんでいい。

そこがスタート地点だから。

 

あなたが自分の弱さを認めることができた時、強くなれる。

強がらなくて大丈夫。

気にしなくて大丈夫。

 

すべてを宇宙の采配に委ねよう。

そこから学び、あなたが答えを得る日は近い。

 

 

エピローグ

あの朝、もし遠くから互いに相手の存在を確認できていたらどうなっていたのだろう?

気まずさも手伝って、沈黙の火花散る険悪なムードに陥ったはず。

鉢合わせだったからこそ、万事が功を奏したのだろう。

神様って実にイキな計らいをしてくれるもんだ。

 

 

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