ヒデキマツバラの猫道Blog

ドラネコ視点の少し風変わりな猫道(キャットウォーク)ブログ

胸いっぱいの週末 〜采配を振るう時(後編)〜

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(画像出典/wallpapersafari.com)

「母の命を助けたい」

その一心で動いてきた3ヶ月。

 

入院という一つの山場を迎え、事態は分水嶺へと差し掛かった。

すべては僕の掌から離れ、窪みから窪みへと、ひたすら下りのルートを辿っていくことになる。

 

前回記事はこちら。

hidekimatsubara.hatenablog.com

 

 

 変化の兆し

木曜日。

もう傘は必要なかった。

 

母の入院先に向かった僕は、変化の兆しを目の当たりにする。

前日まで顔面蒼白だった母の頬に、うっすらと薄紅色が射していた。

まるで雨上がりの虹のように。

 

出された食事も完食しているという。

あぁ、やっぱり入院を強行させて正解だった。

 

治療に専念できる環境。

食事や薬の完全管理。

暖かく安定した室内環境。

医療関係者らとのコミュニケーションなど、ほどよい外部刺激。

在宅療養では得がたいものだらけ。

 

そしてもうひとつ。

「早く退院して家に帰るために元気になろう」という目標。

自発的な意欲さえ引き出せれば、自己治癒力が作用し始める。

これほど病の気を遠ざけるのに効果的なものは他にない。

 

生きる証

 その日の別れ際、母は意外なことを言った。

「何か書くものがほしいの」

 

もともと書き物が好きな母。

その母らしさが10週間ぶりに戻ってきたのである。

これを回復と言わずして、なんと言おう。

 

僕は嬉しくて嬉しくて、帰りの足で画材店に直行。

買い物カゴに次々と商品を放り込んだ。

 

色とりどりで太さも様々なマジックマーカー各種

──筆圧がなくてもラクに書けるから

両手のひらに乗るほどの小ぶりなスケッチブック

──負担を感じさせないから

それらを収納する白バラ模様の空色ボックス

──無味乾燥な病室に自然な彩りと華やぎを加えるから

 

書きたいという欲求の芽生え。

それは母にとって「生きる」ことへの前向きな表れだ。

 

息子として、その橋渡しができるのは幸いだ。

明日さっそく差し入れることにしよう。

 

愛情コール

こうして前夜と打って変わり、その夜は心にポッと火が灯ったような帰宅だった。

今夜はじっくり夕食を作ろう。

一人分のすき焼き鍋をコトコト。

 

煮込んでいる合間に、親戚縁者たちへ入院報告の電話。

すっかり長話になり、気づけば鍋の汁はほとんど残っていない。

しまった〜。

 

鍋に水と調味料を足して調整してるところにコール。

最初に電話した叔父と叔母夫婦からだった。

「ねぇ、ひぃくん、今度週末にでも一緒に食事いかない?」

 

「行く!行く! 仕事終えたその足ですぐ行くね!」

二つ返事でOKした。

 

その叔母は1月にも僕のこと心配して、親切にお茶へと誘い出してくれたな。

待ち合わせのカフェに、すぐ食べられる差し入れ食材をわんさか持って現れた叔母。

あの時は介護食についてもいろいろアドバイスしてくれて助かったなぁ。

 

電話を切った僕を待っていたのは、少し焦げたお肉の混じったすき焼き鍋。

でも母の病状回復に加え、叔父や叔母たちの愛情で胸いっぱいの僕には、最良の食卓になった。

 

贈り物はさりげなく

金曜日。

病室へ向かう頃、街は優しい薄暮に包まれていた。

 

筆記具一式を入れた空色のボックスは、さりげなく母に渡した。

白紙のスケッチ帳、これからどんな豊かな発想で埋まっていくのかな。

そんな加速気味の期待を母には悟られぬように。

 

箱の底には、母に寄せられたお見舞い状の束を忍ばせておいた。

どれもまだ一度として母が目を通せなかったもの。

 

自律神経失調症は、読む気力さえ母から奪ってしまった。

でももしかしたら今度は読むことができるかもしれない。

 

母の気持ちに余裕ができた時。

箱を開けて、書き物をしようとして、あら何かしら?

そんな偶然のタイミングで、たくさんの方々の想いが母に届けばいい。

 

思いがけないラストオーダー

土曜日。

レッスンを終えると、僕は一路ホテルへと向かった。

 

叔父夫婦のお招きにより、親戚5人でディナー。

大勢と賑やかに食事を囲むなんて久しぶり。

仕事と介護でゆっくり誰かと話す暇もなかったから、話し出したら止まらない。

 

テーブルを囲むメンバーの中に、5歳になるめぐみちゃんがいた。

いつもステージの応援に駆けつけては、自筆のお便りをくれるめぐみちゃん。

近年ひそかに僕のお楽しみになっているのが、そんなめぐみちゃんへのプレゼント選びである。

今度はどんなものを贈ろう?

絵本とお菓子が大好きなめぐみちゃんのためにショップ巡りをするのが、すっかり恒例だ。

この日はファンシーなお菓子を袋いっぱいに潜ませて臨んだ僕に、めぐみちゃんはお手製の切り紙細工をたくさんプレゼントしてくれた。

 

「20時45分でラストオーダーでございます」

呼び声がかかる。

 

もうそんな時間?

楽しい時はあっという間だね。

 

どのテーブル客も、それ以上オーダーする気はないらしい。

片付けを始めるホールスタッフたち。

 

その時であった。

出し抜けにめぐみちゃんがオーダーをいれた。

小さな子からの注文とあって、スタッフも快く応じてくれる。

 

「ラストオーダー15秒前に注文するなんて」

そう言って笑う叔父さんの言葉に、テーブル中に笑いのさざ波が広がった。

 

ラストオーダー15秒前。

つまり20時44分。

 

この20時44分という時刻が、後に意外なところでとてつもない意味を帯びてくるなんて、この時誰に想像できただろう。

 

新しい生命

その夜、親戚みんなと別れ、家路を辿りながら歩く夜道。

心もお腹も幸せで満ちたりていた。

 

帰宅して、お礼のメールを打とうとした矢先。

一本の電話が入った。

 

「ぅ・れ・」

え? なに?

よく聞こえないんだけど。

 

「産まれた。。。」

 おととし結婚した妹からだった。

「えぇ!?おめでとう!!!」

 

久しぶりに聞いた妹の声。

昨年末に緊急入院して以来、絶対安静でメールでのやり取りしか叶わなかったから。

 

それは出産予定日を10日近く過ぎ、陣痛が35時間も続いた挙句の難産だった。

弱々しい声の中に、喜びと幸せが響く。

僕たちは夢中で話した。

 

「何時ごろ産まれたの?」

「えっと、何時だったっけ?」

(と言って、そばにいる旦那さんに訊く)

 

「20時44分だって」

「!!!」

 

そう。

ギリギリのタイミングでめぐみちゃんが追加オーダーして、みんなで笑っていたまさにあの時、僕の甥が誕生したのである。

 

偶然で片付けられようか?

赤ちゃんの予定日はとうに過ぎていたし、食事会のお誘いは一昨日前のことなのだから。

これを天の采配と言わずして何と言おう!

 

采配を振るう者

母の命を助けるため、僕が采配を振るった週明け。

そんな僕を慰めようと、叔父夫婦が采配を振るった週中。

そして新しい生命の誕生に、天が采配を振るった週末。

 

こんな家族ドラマ、世界中のどのチャンネルでも見れない。

僕はそんな深い1週間を生きた。

漆黒から虹色へと向かって。

 

エピローグ 漆黒の中の虹色

生きてるといろんな目に遭う。

イジメられる。

裏切られる。

愛する者の苦しむ姿に直面する。

生きることの目的を見失う。

自分の可能性に自分自身で蓋をしてしまう。

 

いろんな暗闇がそこにある。

いろんな悲劇がそこにある。

 

だからといって暗闇や悲劇に自身を同化させる必要はない。

あなたは暗闇や悲劇を見つめるために生まれてきたんじゃないのだから。

 

暗闇だと思える世界にも、なにがしかの色が潜んでいる。

それはアリゾナ砂漠の夜明けを飾る紅色かもしれない。

広大なロイサバ湖を彩る碧色かもしれない。

咲き誇った桜色かもしれないし、芽吹き始める新緑色かもしれない。

そんな豊かな色を見つけるために、この物質界は存在している。

 

だから暗闇で生きるのはやめて、灯火を灯そう。

ささやかでいい。

崇高で寛容なるあなた自身の内側に。

 

どんな漆黒と遭遇しても、あなたにはそれを塗り替える力がある。

あなたは世界を虹色を塗るために、この地上に生を受けたのだから。

 

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DAYBREAKER ヒデキマツバラ by Hideki Matsubara

 

次回公演のご案内です。

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