前回記事からの続きです。
- 役立たず - Good For Nothing -
- 癒しと罰則 - Healing & Punishment -
- 大きすぎる一歩 - Giant Steps -
- 季節外れのアサガオ - Morning Glories in Early Winter -
- ただそこにいてくれるだけで - Stay Here -
- アサガオ色の喪中ハガキ - Mourning Postcard -
- 花は散りぬれど - Glorious Flower -
役立たず - Good For Nothing -
世界を股にかけて仕事をしてきた母。
そんな母が突然寝たきりになったのは、ちょうど2年前のこと。
陽が射さない自室のふとんに潜ったきり、起き上がらなくなりました。
外出しなくなっただけではありません。
読書も、テレビ映画も、食事さえ楽しめなくなりました。
あれほど毎日欠かさなかった手紙を書くこともできません。
そして母の人生そのものだったピアノさえ弾けなくなったのです。
朝晩欠かさなかった主の祈りすら唱えることはなくなりました。
何しろ高度経済成長期、歯を食いしばりながら頑張ってきた母です。
外出どころか、仕事や家事すらできない自身は「役立たず」だと絶望してしまいました。
口を開けば、後悔と不安を訴えるばかり。
たくさんの人たちから、お見舞いに訪問したいとのお申し出がありました。
でも闘病中の母にとって、お見舞いに来られることは、役立たずな自分の生き恥を晒すも同然。
「すみません、主治医から面会謝絶を言い渡されているものですから」
やむなく僕が嘘をついて、人々のご厚意をお断りするほかありませんでした。
「働かざるもの、食うべからず」がモットーだった母。
文字通り、働かざる母はみるみる食欲をなくし、投薬の副作用もあったのでしょう、骨と皮だけに瘦せおとろえてゆきました。
癒しと罰則 - Healing & Punishment -
毎日、布団の中で罪悪感と自責の念にかきくれていた母。
そんな母の身の回りの世話をしながら、付き添える限り5時間でも6時間でも母の話を聞いてあげました。
時にはヒーリングセラピストとして、あらゆる方法を試みました。
でも健常者と違って、精神面からのアプローチは非常に困難でした。
著しく弱っている母に、過去をフラッシュバックさせることは負担が大きくて。
そこで足裏マッサージをしてあげたり、寝ながらできる運動を介助しながら、身体面で癒しのステップを進めていきました。
とはいえ、このまま寝たきりでは筋力が衰え、日常生活への復帰がどんどん遠のきます。
せめて、散歩と日向ぼっこをさせてやれないものだろうか。
主治医に相談したところ、1週間に1度の散歩が義務付けられました。
「もしできなかったら、ペナルティーとしてうちに入院していただくことに致します」
これにはさすがの母も降参して、主治医の指示に不承不承ながら承知しました。
「入院はもう絶対にイヤ。この体じゃ、退院して家に帰れる日は二度と来ないから」
大きすぎる一歩 - Giant Steps -
こうして昨年9月から、母と散歩を始めることに。
コースは2つありました。
残暑の頃は、数十メートルほど先の川沿いにあるベンチまで。
秋も深まり、川風が冷たくなると、もっぱら裏の公園まで。
週に一度、嫌がる母を布団から起こし、外着に着替えさせて散歩に引っ張り出す。
それは僕にとってもつらくて、骨の折れることでした。
母の足取りでは、歩道の緩やかな傾斜すらおぼつかず、倒れないよう介助しなくてはなりません。
段差に至っては、薄氷の上を歩くほどの慎重さを要します。
母にとって、ひと足ひと足が途方もなく大きな一歩だったのでした。
季節外れのアサガオ - Morning Glories in Early Winter -
ある小春日和の12月、久しぶりに川土手の並木道へと足を向けました。
すると、川沿いの暗がりにパッと色を散らして咲いている花々が目につきます。
ねぇ、あれってアサガオ?
12月のこんな昼下がりに咲くわけないよね?
母に尋ねます。
「あれはアサガオよ」
母が答えます。
「でも遅い時間に咲いてるから、ヒルガオとかユウガオじゃなくて?」
「いいえ、あの花はアサガオよ」
「こんな寒くて暗い茂みでも咲くの?」
「そこは東向きだから、お昼まではポカポカお日様が当たって暖かいんでしょう」
ただそこにいてくれるだけで - Stay Here -
季節外れのアサガオに感動しているうち、発見したことがありました。
アサガオは夏の盛(さか)りに咲くから美しいんじゃない。
アサガオだから美しいんだ。
冬に咲いてるアサガオだって、見る者の気持ちを豊かにしてくれる。
人だって同じこと。
病める時も健やかなる時も、その美しさと存在価値は変わらない。
たとえ寝たきりでも、役立たずであっても。
寝床へ戻った母にそう告げたら
「何もできなくて、あなたに苦労と迷惑ばかりかけてるのに?」
「うん、大好きだから」
「こんな私でも?」
「うん」
すると母は手で顔を覆い「ごめんね、ごめんね」とむせび泣きました。
そんなやり取りがあって、ひと月後。
母は天へと旅立ちました。
アサガオ色の喪中ハガキ - Mourning Postcard -
季節外れのアサガオを見つけてから、ちょうど1年になる先週。
喪中ハガキを出しました。
外注制作してもらう一般的なモノクロ文面じゃ、母には似合わない。
そう感じて、自分なりに作ることにしたのです。
淡い母の姿は、アサガオ色の名残。
花は散りぬれど - Glorious Flower -
アサガオ。
英語名でモーニング・グローリー(朝の栄光)
この12月も、冬のアサガオは元気に咲き誇っています。
図書館への行き帰り、そこを通るたび、母との散歩を思い出します。
400日に及ぶ介護生活。
困難の連続だったけれど、母と深い時間を共有できたことは、かけがえない贈り物でした。
母よ、ありがとう。
あなたがそこにいてくれるだけで、僕は幸せでした。
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