こちらが微笑むと、相手も鏡のように微笑んでくれる。
この惑星は、笑顔で回っているから。
前編からの続きです。
- ポーカー女史が笑った! - Behind Her Pokerface -
- ポーカー女史の告白 - Her Favorite Thing -
- 真実の目 - Innocent Eyes -
- 夢見るポーカー女史 - May Your Dreams Come True -
ポーカー女史が笑った! - Behind Her Pokerface -
30分後、つつがなくMさんの体験レッスンを終えました。
持参した教材の中に、世代を問わないクラシック名曲集の簡易楽譜を忍ばせていたのは、もっけの幸いでした。
さて、その日のレッスンを全て終えた後のことです。
受付に顔を出した僕は、思わず自分の目を疑いました。
ポーカー女史が笑ってる!
照れ笑いをしながら、眉を八の字にしかめていましたが、笑顔には違いありません。
ポーカー女史は僕に対して頭を下げると、開口一番、謝罪を口にしました。
マツバラ先生、すみません、私とんでもない間違いをしてしまいました。
私も最初、Mさまがお見えになられた時、訳がわかりませんで。。。
体験ご予約のお電話をいただいた際、お電話口のMさまはとても低い声で、話し方も落ち着いておられたので、てっきりご年齢が上のお方だとばかり。。。
Mさまを教室へご案内した時、先生に私の勘違いをお伝えしなくちゃと思ったんですけど、Mさまがいらっしゃる前で相手のお歳の話をするのは憚(はばか)られまして。。。
僕も、周囲のスタッフたちも、笑いに笑ったこと。
それにつられて、ポーカー女史の表情も和らぎます。
ポーカー女史の告白 - Her Favorite Thing -
それからのひと時、どれほどポーカー女史とのおしゃべりを楽しんだことでしょう。
今までの冷え切った関係の分まで補うかのように、話は尽きませんでした。
やがてポーカー女史は、意外なことを打ち明けました。
実はピアノが大好きなこと。
子供の頃、10年ほど習っていたこと。
ショパンを弾ける段階まで行ったこと。
「それはすごいですね。中学生でショパンが弾けるなんて、たいしたものです」
僕の褒め言葉に微笑み返したポーカー女史は、思いもよらなかったことを口にしました。
私の習っていたピアノ講師はとても厳しくて。
あれがマツバラ先生だったらよかったのにって思います。
そしたら笑顔で優しく教えてもらえて、私も大好きなピアノを辞めずに済んだのに。
真実の目 - Innocent Eyes -
あぁ、なんてことだ!
僕はよろめきました。
僕のような先生にピアノを教えて欲しかった!?
じゃあ、じゃあ、もしかして。
そう、ポーカー女史には、最初から僕の真意が伝わっていたのです。
無愛想ながらも、ポーカー女史には僕の笑顔が届いていたのです。
なのに僕ときたら、そんな彼女のポーカーフェイスを、自分に対する「断固たる拒絶」とさえ思い込んできました。
でも本当は違いました。
問題なのは、彼女の顔つきや態度ではなく、僕自身の心の目の濁(にご)りだったのです。
おそらく彼女がポーカーフェイスを貫くのには、彼女なりの理由があったのでしょう。
もしかすると、ポーカー女史は親から「目上の人に対してヘラヘラ笑いかけるものじゃありませんよ」と躾(しつ)けられて育ったのかもしれません。
そんな彼女にうがった見方をして、まるで仕返しのように心を閉ざしてきたとは。
僕は自分の浅はかさを悔いました。
夢見るポーカー女史 - May Your Dreams Come True -
最後にひとつ、僕から質問を投げかけました。
「もしも、またピアノが弾けるとしたら、どんな曲が弾きたいですか?」
予期せぬ問いかけに、ポーカー女史の表情には新たな光が宿ります。
「そうですねぇ」
ポーカー女史は夢見るように答えました。
クレイダーマンの曲が弾けたらいいなって思います。
いつか教室でどなたか生徒さんが弾かれてるのが聞こえてきて。
すごく懐かしくて、いい曲だなぁって。
そう語るポーカー女史の、美しく輝いた笑顔ときたら別人のよう。
そして次に喜ぶのは、僕の番でした。
「僕7才の時、パリの宮殿コンサートでクレイダーマンに花束を渡したことあるんです!」
今時クレイダーマンの話題を共有できる人物が、こんな身近にいたなんて!
しかもそれが、自分の一番苦手としていたポーカー女史だとは!
またひとり、心から話のできる友ができた。
その夜、勝利の歓喜を胸に、僕が帰路に着いたのは、言うまでもありません。
ポーカー女史、大好きなピアノを再開できる日が来るといいですね。
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