日常が掻き消された朝
その年も暮れに近づき、そろそろ暖房でもつけましょうかという朝のこと。
朝食を終え、いつものように母はキッチンで洗い物を始めました。
僕もいつも通り、もう少しテレビでも見ていましょうとチャンネルを変えました。
その途端、周囲にあるいつもの朝の景色が掻き消されたのです。
僕の目に映ったもの、それは文明の及ばない領域の秘技。
チベットの鳥葬でした。
何かが、僕の内にこみ上げてきます。
悲しみとは違う、切なさとも違う、もっと深いもの。
理屈ではない、感情ではない何か。
その気持ちのはけ口を求めるかのように、翌春、作った曲がありました。
『Birds of Prey』です。
チベットの鳥葬
人が亡くなれば、わが国では火葬に付されて納骨されます。
国や宗教によっては、かつての日本同様、土葬が一般的なところもあるでしょう。
ところが、チベット仏教では、人が亡くなると鳥葬に付されます。
その遺体は荒野に置かれ、飛来してきたワシによって、公衆の面前で食い尽くされるのです。
そんな弔い方が、21世紀の今もこの地球上で行われているとは。
国が違えば、文化風習も異なるものです。
チベット仏教では、遺体は魂の抜け殻に過ぎないと考えられているのだとか。
その抜け殻になった遺体を天へ送るため、猛禽類（肉食系の大型鳥類）に葬送を委ねるのです。
火によって灰や骨と化すわけでもなく、土に帰すわけでもない。
亡骸をついばむ鳥の食料となる弔い方。
でも観点を変えると、人の遺体にありつくことで、ワシは生き永らえることができます。
むしろ自然のサイクルに合致した、とても合理的な送り方と言えるのかもしれません。
死と再生の旋律
命を謳歌したものは全て死して無に帰すという無常観。
そして、人から鳥へと「生命力」が引き継がれる輪廻転生観。
それらが合わさって生まれたのが、オリジナル曲『Birds of Prey』でした。
ピアノをメインにしながら、重厚なエレクトロニカ・サウンドで全編を覆った内省的なバラード作品。
タイトルの「バーズ・オブ・プレイ」とは猛禽類のこと。
ワシ、タカ、コンドルなど、肉食系の大型鳥類を総称した言葉です。
真っ青な虚空から、黒ずんだ大地に横たわる遺体めがけて、降り立つ猛禽類。
その鋭い嘴(くちばし)で、生命の名残をついばむ。
文明人から見れば、目を覆いたくなるような残酷な光景。
でも自然摂理の中、そうやって生きとし生けるものは命を繋げてきた。
そうしたものを、シンセサウンドで描きたくて。
ピアノの主旋律は「生命力」そのものを奏でています。
人は亡くなっても、鳥として生き続ける。
その「生命感」をピアノに託しました。
サビの部分では、ピアノの旋律が、螺旋を描くように上昇していきます。
そのメロディーが模写しているのは、生命力を引き継いだ鳥が、人の亡骸から離れ、再び虚空へと羽ばたいて飛翔する様子。
それは、肉体から離れた魂が、天に昇っていった象徴なのかもしれません。
死と再生をなぞらえた『Birds of Prey』
制作／発表から３年後、母が天へ旅立ちました。
以来、音楽家としての母の志を受け継いだ僕の胸で、高らかに鳴り続けています。
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