ヒデキマツバラの猫道Blog

ドラネコ視点の少し風変わりな猫道(キャットウォーク)ブログ

ペットショップボーイズ x カイリー・ミノーグ x クレイグ・アームストロング =『IN DENIAL』〜愛されたいと願いながら自分を愛せない人に贈るバラード〜 - Can You Love Me, Anyway? -

 

父親と娘の対話形式になった珍しいバラードをご紹介します。

タイトルは『イン・ディナイアル』(=現実から目をそらすこと)

 

波乱を予感させる序章、思いがけないストーリー展開、そして涙のフィナーレ。

ひたすら切なく美しい音楽で語られていく、ドラマ仕立ての作品。

 

秋冬にじっくり聴きたくなる1曲です。

 

歌詞/対訳を父→青娘→赤両者→紫でマーキングしてみました。

 

 

歌詞/対訳

IN DENIAL
by PET SHOP BOYS & KYLIE MINOGUE

 

[Father]

In denial, no, my life's a trial

I'm not denying that every little bit hurts

It's a problem that I'm not solving

Don't mind admitting

I feel like quitting this job

For a while, getting away

Before it gets any worse today

 

[Daughter]

You're in denial and that is final

You're not admitting

You should be quitting

All these queens and fairies and muscle Marys

The rough trade boyfriend

Who in his pathetic own way denies he's gay

Why can't you see?

This is a fantasy world

 

[Father]

Think I'm going mad

How do you know if you're going mad?

 

[Daughter]

Look at me I'm lonely

 

[Father]

Look at me I'm sad

 

[Father]

I'm not denying

I could be trying a little harder

To deal with some of this stuff

 

[Daughter]

Know what I'm thinking

Less drugs and drinking

No cigarettes and you'd feel a little less rough

 

[Father]

Is that enough?

My life is absurd

I'm living it upside down

Like a vampire, working at night, sleeping all day

A dad with a girl who knows he's gay

 

[Both]

Can you love me, anyway?

 

現実から目をそらしてるって?

いや パパの暮らしは試練そのものさ

いつだって拒めないんだ チクっとする些細な痛みを

それはパパが自分じゃ解決できない問題なんだよ

お前が受け入れてくれなくても平気さ

この仕事を辞める気でいるんだ

しばらく逃げ出そうかと

これ以上ひどいことになる前に

 

パパは現実から目をそらしているわ 決定的よ

パパは認めようとしない

そんな人たちとは手を切るべきなのに

オネエにオカマ 筋肉ムキムキの同性愛者たち

ゲイだってことを哀れなほどひた隠しながら パパを襲う男娼の恋人

パパったら わからないの?

これは馬鹿げた絵空事なのよ

 

パパは気が狂いそうだ

お前なら 気狂いの兆候がどうやってわかる?

ねぇ 私はひとりぼっちなのよ

パパだって悲しいんだ

 

パパは否定しないよ

少しばかり力を尽くして

こうしたことに折り合いをつけられたらいいんだが

 

私がどう思ってるかわかる?

ドラッグとお酒の量を減らして タバコをやめれば

パパはそこまで辛い思いをしなくて済むのに

 

言いたいことはそれだけかい?

パパの人生ときたら おかしなものだよ

あべこべな生き方をしてる

夜中に働いて 日中ずっと寝る 吸血鬼のような暮らし

ゲイであることを娘に知られてしまった父親

 

それでも愛していてくれる?

 

対訳/ヒデキマツバラ

 

 

ありえない歌詞

対訳、ギョッとしましたよね?^^;

こんな美しいメロディーで、荘厳なオーケストラに彩られたバラード作品。

なのに実際は「ゲイであることが娘にバレてしまった父親の歌」なんです!

 

こんな奇抜なアイディアで歌を作るとは、さすが50年近くUKポップスを牽引してきたペットショップボーイズ(以下PSB)

7枚目のアルバム「ナイトライフ」(1999年発表)に収録され、同作の目玉となりました。

ゲストボーカルにカイリー・ミノーグ、プロデュースには映画音楽を手がけるクレイグ・アームストロングを迎えた野心作です。

 

いずれも当時ロンドンに滞在していた僕にとって、夢のように目もくらむ顔ぶれの共演でした。

何しろカイリーの作品はもちろん、クレイグ・アームストロングの音楽からは絶大な影響を受けたものですから。

 

それにしても、英国を代表する大スターたちのデュエット曲とは思えない歌詞です。

ヤク中でアル中でゲイクラブで働く父親を、娘が諌(いさ)めるなんて!

日本でもLGBTQへの理解が深まってきたとはいえ、大スターじゃなくてもこんな歌をデュエットするなんて考えられませんよね^^;

 

発表当時の英国でも、ファンから音楽メディアまでを驚かせ、物議と憶測を呼んだものです。

が、その後、PSBが書き下ろしたミュージカル『クローサー・トゥー・ヘヴン』(2003年発表)の挿入歌であることが判明。

ポップソングでありながら、まるでオペラのように芝居がかったシアトリカル(=劇場型)な構成なのは、ミュージカルのために書かれたからでした。

 

こちらが、そのミュージカル音源。

 


原曲とはかなり印象が違いますが^^;

ひょっとして喜劇的なミュージカルだったのかな??

 

ちなみに、一番最初に制作されたデモバージョンも、アレンジが四つ打ちで↓

 

 

ううむ、いつもはアイラブ四つ打ちで、縦ノリな僕だけど。。。

『In Denail』に関しては、重厚なバラード路線にして大正解!大英断!

 

歌詞の裏に秘められた万人共通のトラウマ

次に、この歌で描かれているストーリーを掘り下げてみましょう。

調べてみたところ、PSBメンバーのニール・テナントは当時こう解説しています。

 

中年のゲイが何十年も会っていなかった娘と再会するんだ。

双方にとって困難なことだよ。

娘は父親の生き方に賛同していない。

ノーマルな生き方をして欲しいと願ってる。

父親のやることは常人とあべこべで、常軌を逸してるから。

それでも父親は彼なりに最善を尽くしているんだ。

むしろ最後はポジティブな視点で締めくくってる。

 

なるほど、すでに成人している娘さんとの対話なんですね。

歌詞を訳してみた自分としては、ちょっと違ったストーリーを思い描いていました。

以下、自分なりの解釈です。

 

言い訳がましく苦悩を吐露する父親。

でも娘には全部お見通し。

性癖をズバリ言い当てられた父親は狼狽して、両者の応酬が続く。

 

そこから浮かび上がってくる人物像は、、、

生計のため、夜の商売を営む薬物中毒の父親。

そして、暮らしを父親に依存するファザコンの娘。

 

両者とも精神的に孤立している様子から察するに、設定は父子家庭。

難解な言い回しもなく、寂しがっていることから、娘はまだローティーン(=中学生)以下では?

 

そこまでいくと、景色までが想起されてくる。

ロンドン特有のジトジト雨が降り続く、寒い陰鬱な朝。

路面は水たまりとぬかるみだらけ。

安フラット(=安アパート)で暮らす父娘の冴えない生活。

同居しながら、両者が顔をあわせることは滅多になく。

朝陽(=希望の光)が射し込むこともなければ、笑い声も響かず、幸福とは程遠い部屋。

救いようのない状況で、報われようのない父と娘。

 

ゲイだとバレて娘に軽蔑されはしないか?という不安を抱えた父親。

かたや、父親に構ってもらえず、肉親の情に飢えている孤独な娘。

それぞれに傷つきながらも、お互いに悲痛な本音を漏らす。

「それでも自分を愛してくれるの?」と。

 

あぁ、なんと重たくて、切ない。。。

設定こそ突飛なのだけど、描かれているのは普遍的な人間性なんですよね。

それは「愛されたい」という思い

 

「それでも自分を愛してくれるの?」という言葉の裏に秘められているのは

「自分は人から愛されるのにふさわしくないかもしれない」という恐怖心。

そんな気持ちを抱えながらも「愛されたい」と願う。。。

 

その矛盾した気持ちを、あまりにも慈愛に満ちた美しい音楽が奏でているのですから。

あぁ、こういう歌はロンドンの空の下でしか作れませんね。

 

愛されたいと願う人への哀歌

ボーカルを担当しているニール・テナントとカイリーは両者とも、抑えめに淡々と歌っています。

それが、より一層ドラマ性を引き出している気がしませんか?

 

むしろ感情を込めずに歌った方が、人の心には届きやすいんだそうです。

確か八代亜紀さんだったと記憶しているのですが、そうおっしゃってました。

キャバレーで、感情的に歌った時は無反応だったホステスたちが、淡々と歌った時は感情移入して泣き出したのだとか。

 

さて音楽的に見ると、この歌のサウンドは当時のクレイグ・アームストロングの作風がそのまま現れています。

オーケストラサウンドに、トリップホップスタイルで重低音の効いた電子ビート。

 

彼の当時の音楽ブレインであるサウンドエンジニアらスタッフが総動員されており、むしろクレイグの作品にPSBが客演しているかのような印象を受けます^^

哀愁ポップスが売りであるPSBの音楽に、絶望的なまでの美しさと深さをもたらしたサウンドですね。

 

歌詞の最後「Can you love me, anyway?」直後に、神々しいカイリーの超高音ボーカルが流れ星のように歌を締めくくります。

それがこの救いようのない父娘のストーリーに唯一の慰めを与えているかのよう。

きっとそれは神の視点なのでしょう。

救われない者、報われない者を見守る唯一の存在。

 

悲哀を帯びた曲調が、終盤ではメジャーに転じてフィナーレ。

かと思いきや、音が消え入るまで、女性クワイヤーがアドナインスコード(add9)を引っ張り続けているではありませんか。

まるで光の中に影を落とすかのように。

そんなところにも、不完全な人間への哀歌を感じ取ることができます。

 

そう、これはゲイの親父を諌める歌ではなく、不完全な人類そのものを嘆く歌なのです。

争い事はいけないと声高に叫びながら、隣国に攻め込む

人から受け入れられたい愛されたいと願いながら、自分で自分を受け入れることも愛することもできない

そんなどうしようもない人類への哀歌なのです。

 

だから美しいんですね。

だから泣けるんですね。

 

頬がゆるむPSBとカイリーのエピソード

英国の音楽シーンは浮き沈みが激しいことで知られています。

そんな中、PSBとカイリーは80年代に登場して以来、シーンの最前線を共にする戦友といっても過言ではないでしょう。

 

両者の音楽的な関係がスタートしたきっかけは、この『In Denial』を遡ること5年前。

脱アイドルを標榜したカイリーは、ヒット曲を量産したPWLレーベルから移籍を決意して、ダンス系レーベルDeconstruction(デコンストラクション)へ。

そこで心機一転となる5枚目アルバムに、PSBが『フォーリング』という楽曲を提供したのでした。

 

ところがインディーズロックに走った6枚目『インポッシブル・プリンセス』が商業的に大失敗。

レコード契約を切られたカイリーは「有名人だけど、もう終わった人」扱い。

英語版Wikipediaによると、当時「そんな状況のカイリーと共演することはリスクを孕んでいるとの批評がなされた」とまで記されています。

 

ところがPSBはデュエット曲を書くと決めた時から、相手はカイリーしかいないと思っていたそうで。

カイリーにとってPSBとの共演は新たな可能性への幕開けでもありました。

デュエットを機に、カイリーはPSBの所属レーベル、パーロフォンへ移籍。

こうして7枚目『ライト・イヤーズ』でシーン最前線に復帰すると、翌年8枚目『フィーバー』の世界的成功で第二のキャリア絶頂期を極めたのでした。

 

もうひとつ、PSBとカイリーにはクスッと笑えるエピソードがあります。

乳がんから復帰した彼女が10枚目『X』に取り組む際、PSBも新作の準備中でした。

僕の記憶によれば、当時PSBが「カイリーの復帰作に力を入れたレコード会社が、ロンドン中のソングライターに取り掛からせたため、僕らはそれが済むのを待たなくてはならなかった」とボヤいてました^^

自分たちのおかげでレコード契約を結べた女性シンガーに、作家陣を奪われたPBS(笑)

無表情が売りのPSBだけど、雑誌記者を経てのデビュー間もない頃に苦労してるだけあって、温厚で人情派なんですよね^^

 

唯一のライブ映像

英国らしい品格と美的サウンドにあふれた『In Denial』

個人的にPSB作品中1番か2番くらいお気に入りの作品です。

 

こんな話題性に事欠かない名バラードがシングルカットすらされず、アルバム曲として埋もれっぱなしなのも、実にPSBらしくて^^

それに、敢えてこういう一見キワモノ作品にカイリーやクレイグといった一流どころをブッキングするセンスも彼ららしいですね。

 

ひとつ残念なのは、発表から23年、いまだライブで両者のデュエットが実現していないこと。

唯一、カイリーのワールドツアー「ショーガール」公演にて単独で披露されてます。

 

 

男性の声域で書かれた歌なので、低すぎて歌いにくそうなカイリー^^;

しかも舞台照明のせいで目がくらみ、歌いながら降りる階段の半分以上は見えてないはずだから、酷な演出だよね^^;

でも最後の超高音ボーカルは神がかり!

 

ここまで読んでくれた読者だけに、こぼれネタをひとつ。

イントロで流れる荘厳なオーケストラパート、後にサラ・ブライトマン組曲アラビアン・ナイト』で流用(?)しました(笑)

実はサラさん、クレイグ・アームストロング等、UKトリップホップ音楽の大ファンなのですよ^^

 

なんと原稿用紙15枚もの記事になっちゃいました!

では、この辺で(^^)/

 

 

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