
前回記事に続いて、急逝された中山美穂さんの追悼特集です。
美穂さんと同じ時代を生き、その活動全盛期を体感した者として、独自の視点で彼女の魅力を綴っていきます。
前回記事はコチラ
類い稀(まれ)なるスター性
日本が一番輝いていたバブリーな80年代アイドル黄金期、中山美穂さんの存在感は別格でした。
15歳でデビュー以来、常にシーンを駆け抜け、90年代にはトレンディードラマや日本映画の顔として、国民的スターの座へと昇りつめた美穂さん。
彼女の稀有なところは、デビューから15年来たゆみなく同時並行で歌手と女優の活動を続け、どちらの分野でも最前線に立ってヒット作を放ってきたこと。
それだけは日本が誇る二大スーパースター、松田聖子さんと中森明菜さんでさえ成し得なった偉業でした。
日中はドラマ撮影に明け暮れ、夜中にレコーディングスタジオに駆け込む、という超過密スケジュール。
OL層から熱狂的に支持され、彼女の名がつくだけで結構な価格の化粧品が飛ぶように売れて社会ブームに。
卓越した才能で15年間やることなすこと全て成功に導いた美穂さんこそ、20世紀の日本芸能史を飾った最後の女性スターだと言えるでしょう。
ハンサムな彼女
そんな美穂さんの魅力を一言で言い表すとすれば「ハンサム」な女性。
デビュー当時から、華やかでパッと目を引くネコ顔は、日本の女性アイドルとして異色でした。
どちらかというとアイドル歌手というより、ファッションモデルのように完成された存在感を放っていたんですね。
十代の時から、彼女の大人びた容姿とゴージャスな雰囲気は、男女問わず日本中の憧れでした。
多面体サンシャインガール
美穂さんの類いまれな魅力は、容姿だけにとどまりません。
僕らが惹かれたのは、彼女の人柄と物腰です。
絵になるハンサムな女性って笑うこともなく、斜に構えていて近寄りがたいのだけど、美穂さんはまるで逆でした。
いつも真夏の太陽のようにまぶしい笑顔を放つサンシャインガールで、僕らはひと目で親しみを覚えたものです。
と同時に、美穂さんからはどこか慎ましく、控えめな一面も垣間見えました。
そんな多面的な美穂さんだからこそ、日本中から好感度が高かったのでしょう。
第三極の新アイドル像
アイドルの立ち位置としてもユニークな存在でした。
というのも、日本の女性アイドル像や楽曲性は、それ以前の森昌子さんや山口百恵さんの時代から二極化していたからです。
80年代当時としては、キラキラなアイドル王道の聖子ちゃん路線でいくか、危うい影のあるカリスマティックな明菜さん路線でいくか、の二択でした。
ところが80年代半ば、美穂さんの出現により、そのどちらでもない第三極の新アイドル像が確立されることになります。
フリルの衣装で踊るのでなく、冷めた表情で歌うのでもない、都会的で笑顔の似合うかっこいいダンサブルなスター!
同時代の荻野目洋子さんだったり、今や演歌歌手の大御所である長山洋子さんのデビュー当時もその範疇のアイドルでしたね。
次回記事では、新時代を切り開いた美穂さんの代表曲を特集していきます。
ご期待ください^^
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