
先日は当スタジオ創立60周年記念「ミミノワ芸術祭2025」公演にご来場いただきまして、誠にありがとうございました!
おかげさまで大盛会のうちに幕を閉じることができまして、今週はずっとオフで休暇を満喫してました♪
そろそろブログを再開するとしましょう。
日本人が3人も選出されたショパンコンクールの第3次予選が終わり、ポーランド時間の今朝、いよいよファイナリストが発表されますね。
その審査員の中に名を連ねているのが、ポーランドのピアニスト、クシシュトフ・ヤブウォンスキ。
本日の記事は前回に続き、彼のデビュー40周年リサイタル特集の続編をお届けします。
前編記事はコチラ
世界一プレッシャーの大きい職業
大迫力のうちにリサイタル本編が幕を閉じ、会場は割れんばかりの拍手と声援が飛び交います。
カーテンコールに続き、アンコールを求める拍手がやみません。
すると、プログラムにないことが。
ヤブウォンスキがマイク片手に登場したと思ったら、通訳の日本人女性、それに地元・広島の音楽家らしき男性が続きます。
何が始まるのだろうと思っていたら、まさかのトークセッション。
クラシックのリサイタルでピアニストの肉声が聞けるとは、嬉しいサプライズです。
ところで「この世で最もプレッシャーの大きな職業は何か?」と問われたら、僕なら「一流のクラシックピアニスト」だと答えます。
彼らは10本の指だけを駆使して、その豊かな表現力で聴衆を芸術世界の高みへと引き上げます。
毎日たゆみなく10数時間もの練習に明け暮れ、舞台本番では2時間ずっと気が抜けず。
そんな彼らの生涯に及ぶ絶え間ない重圧の大きさと孤独感を思うと、ただただ畏敬の念を抱かずにいられません。
そんなピアニストに対して、全神経を集中させなければならない公演の合間にインタビューするなんて、試合中のスポーツ選手や囲碁将棋のプロにインタビューするくらいありえないこと。
ところがヤブウォンスキときたらどこ吹く風で、まだアンコール曲が控えているのもお構いなく、むしろリラックスして積極的に僕ら聴衆に語りかけてきました。
その聴きごたえがあるインタビューを、ここで読者の皆様とシェアすべく、以下、自分の記憶にある限り書き起こしていきましょう。
ピアノを学ぶ人々へのメッセージ

──ピアニストデビュー40周年を迎えてどんな気分ですか?
この40年間、世界中で演奏活動を続けながら、各国の音楽大学でピアノを指導したり、数々のレコーディングに関わってきました。今でも毎年リサイタルを100公演前後こなしてます。でも振り返ってみれば、すべてがまるで夢のようで、40年も経ったという実感が全然ありません。
──近年のショパンコンクールでは、日本、韓国、中国といったアジア勢の台頭が著(いちじる)しいですが、審査員でもあるヤブウォンスキさんはどういう印象をお持ちですか?
アジア人でありながらショパンコンクールに出場するということは、人一倍の努力を要します。なぜなら音楽的な学びや演奏技術の向上だけでなく、文化の壁を乗り越えて異文化を理解しなくてはなりませんから。西洋人である我々と違って、アジア人の場合は並大抵でない努力が必要になります。だから私はアジアからの参加者たちを心から敬服しているんです。
──音楽大学教授として後進の指導もされてますが、ピアノを学ぶ人々に伝えたいメッセージはありますか?
学生たちと接していつも残念に思うのは、テクニカルな完成度を上げることに気持ちが行ってしまい、歌う事を忘れている点です。模範的な演奏ばかり目指して、その人らしさ、つまり歌い方やテンポ感を探求することが疎(おろそ)かになっているんですね。だから私も学生に指導する際「もっと歌ってごらん」って言うんですよ。「ほら、実際に声に出して」(と言ってメロディーを口ずさむヤブウォンスキ。これがお上手なのです!)すると彼らは「そんな風に歌ってみたことなんてないし、とても自分にはできません」と戸惑うんですね。だから私は言うんです「どうして? 歌わない限り、ピアノを心から奏でることはできないんだよ」と。
その上で、ヤブウォンスキはこう指摘しました。
作品を解釈・表現していくには、楽譜を追うだけでは足りません。楽譜以外にも知るべき大切なことが色々あるからです。
①その曲がどういう経緯で作曲されたか?
②その曲が作曲された時代はどんな歴史的背景があるか?
③その時、作曲家がどういう境遇にあって、どういう精神状態であったか?
こうした楽曲の成り立ちへの理解があって初めて、作品を解釈していく素地が整うのです。
そして、こう締めくくりました。
現代ではわからないことがあればインターネットですぐに情報を得られますし、動画でいろんな演奏を耳にすることができますね。でもそれらの発信主はプロからアマチュアまで玉石混交です。残念ながらネット上にはおびただしいほど不正確な情報や誤った演奏解釈が横行していますから、そのまま鵜呑みにしてしまうのはとても危険です。インターネットは便利なものですが、そこに依存せず、プロの指導者に学んだり、こうやって生の演奏会に足を運ぶなりして、本物の芸術に触れてください。
60歳の少年ピアニスト

うんうん頷きながら、この貴重なインタビューに耳を傾けていた僕は、ヤブウォンスキのお人柄に強く印象付けられました。
とても気さくで始終ニコニコと愛嬌を振りまく彼は、自分の考えや気持ちを聴衆とシェアするのが嬉しくて仕方ないというご様子。
そこには「ピアノの世界的権威」としての威厳など、微塵も感じさせません。
その上サービス精神旺盛で、質問されてないことまでジョーク交じりに語ったかと思えば、インタビュアーが次の質問に入ろうとすると「先程の質問に私まだ答えていませんよ」とユーモアたっぷりに聴衆を笑わせてくれます。
さて、単にそれだけなら「好感度の高い60歳のおじいさん」ですよね。
ところがスポットライトの下に立つヤブウォンスキは「白髪頭の60歳」でありながら「おじいさん」には見えない何かがありました。
その何かとは「フレッシュな若さ」です。
例えるなら、40年前に寝かせたワインの栓を開けたら、もぎたての果実の香りがするくらいにフレッシュ。
インタビューに応じるヤブウォンスキの表情は、生き生きした若さで輝いていました。
まるで、愉快な顔をした少年ピアニストが、60歳のおじいさんの体に乗り移っているかのように。
そう、僕らの目の前に立つ実物のヤブウォンスキは「60歳の少年」そのものでした。
好奇心と親近感に満ちたその少年オーラは、どれほど彼が純粋無垢にピアノ芸術に取り組んできたかを雄弁に物語っていました。
それに、屈託のないその表情ときたら!
まるで花が咲いたみたいな笑顔で、星のように瞳がキラキラまたたいているのですから。
そんな表情をした60歳の男性なんて、今まで目にしたことがありません。
20歳のデビュー当時、そのルックスは「ピアノ界で最も美男」として知られていたようですが、60歳の今こうして年齢を超越した若さを放っていられるなんて、まさしく芸術的です。
芸術とはクリエイティブな産物であり、クリエイティブとは常に新鮮な気持ちで生み出すことだから。
ヤブウォンスキをロールモデルにして、僕も還暦を迎えた暁には、生まれたてのような気持ちのままいたいものです。

現在のお姿。凛々(りり)しい写真写りとは別に、目の前で見た実物は笑顔のまぶしい少年フェイスなのでした♪
ありえないチケット価格
このリサイタルが特別だったのは、トークセッションだけではありません。
公演告知を見て、目を疑ったのがチケット価格でした。
「全席指定 4000円」
んん? 14000円の印刷ミスでは?
さもなくば、自分の視力が落ちてしまったのか!? と目を皿のようにして見直しても4000円です。
いまどきアマチュア公演でも4000円なんてザラだし、著名な洋楽アーティスト公演だと5万〜10万円が相場なのに、なぜ世界的ピアニストがここまで安価なのだろう?
おそらく今回の来日ツアー公演は「興行活動の一環」ではなく、日本各地の公共文化機関と提携した「音楽文化教育の振興目的」だったのでしょう。
そして「ショパン音楽の伝道師」あるいは「ポーランド芸術文化の大使」としての任は、ピアニスト/音楽教授/ショパンコンクール審査員でもあるヤブウォンスキこそふさわしいと言えましょう。
ヤブウォンスキ自身も、そのことに使命感と生きがいを感じているにちがいありません。
最終フライト間際
この廿日市公演は終演が17時半でした。
調べたところ、ヤブウォンスキは翌朝10時には東京にてマスタークラス(=公開レッスン)を開催するというタイトなスケジュール!
おそらく移動手段は、その日大雨で一時不通(!)になった新幹線の最終列車か、広島空港からの最終フライトだと思われます。
が、いずれも車移動を含めたら、トータル4〜5時間かかる計算。
もし遅延など不測の事態があれば、翌日の公演開催に支障をきたしかねない、ギリギリの旅程です。
国際的に40年も第一線で活躍していれば、時間に追われる事は慣れているのでしょうけれど。
人気ポップスター同様、一流ピアニストは体力的にもタフじゃないと務まらないのだなぁ。
彼の来日日程に目を落としながら、ため息をついた僕でした。
こうして演奏表現力からお人柄まで、いろんな意味でヤブウォンスキに感銘を受けた1日。
その締めくくりで、さらに僕らを驚かせることが待っていたとは、誰が想像し得たでしょう!?
(つづく)
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