
7月から早めの夏休暇をとって上京、妹一家と一緒に過ごしてました。
そこで東京で起きたある夜の出来事を、推理ミステリー調に語っていきましょう。
【ミステリー小噺 】食後に炭酸水はいかが?
「そろそろお風呂入ってくるねー」
妹の美味しい手料理に満足してリビングでくつろいでいた僕は、DVDに興ずる甥っ子アオくんや義弟(妹の旦那さん)に声をかけると、洗面室に入りTシャツを脱ごうと手をかけた。
すかさず僕の背に、食卓から妹の声が届く。
「お兄ちゃん、炭酸水、飲む?」

炭酸水???
食前ではなく、食後に?
これから入浴しようって時だけど?
何か、おかしい。
名探偵エルキュール・ポワロなら「灰色の脳細胞が目まぐるしく働き始めた」と断ずるだろう。
違和感を覚えた根拠が3つ。
1つは、妹らしからぬ言動。
妹は洞察力と気遣いの達人だから、このタイミングでそんな不自然なことを口にはしない。
いつもならば、入浴後のまったりした頃合いを見計らい「紅茶でも淹れようか?」と来るはずだから、辻褄(つじつま)が合わないのだ。
2つ目は、タイミング。
食後に炭酸水とか出すなら、きっかけはいくらでもあった。
Tシャツを脱ごうとしている今になって、なぜか?

3つ目は、妹の声そのもの。
まず、その口調は「矢のように早口」であった。
その上、脱衣場にいる僕の耳にも聞こえやすいほど「声質は太く明瞭」かつ「声量も大きめ」であった。
まるで「今お風呂に入られては困る」と僕を制すかのように。
以上の点から推理すると、妹が何らかの意図を持ち、炭酸水を持ちかけたことは明白だ。
その狙いが何であれ、僕には特段、断る理由もない。
「うん、じゃあ、もらおっかな」
脱ぎかけたTシャツを着直してリビングに戻ってみたところ、我が目を疑った!
どうしたことだ!!!
部屋中が暗闇に覆われていた。
テレビも消え、静寂が辺りを包み込む。
突然の事態に、灰色の脳細胞すら働かない。
一体、僕は何の陰謀に巻き込まれようとしているのか!?
【ミステリー謎解き編】暗闇のピアノ

すると暗がりの中、不意にピアノの音がした。
見ると、アオくんがおもちゃのピアノを連打している。
ド・ド
朝から晩まで「ひーお兄ちゃん、あそぼ!」が口癖のアオくん。
今から音遊びしようよ!とでも持ちかけているのか?
アオくんは続ける。
レ・ド・ファ・ミ
はて?
何やら耳なじみある旋律。
どこで聞いたことあるんだっけ?
と、突然、納戸の向こうから、ぬうっと黒い影が浮かび上がった。
揺らめく2つの炎を手にしているのは妹。
ド・ド・レ・ド・ソ・ファ
ふと、ソファーに腰掛けている義弟の表情が目に入った。
ひょっとして微笑んでる?
ド・ド・ド・ラ・ファ・ミ・レーーー
あぁ! そういうことだったのか!
ハッピー・バースデイ・トゥー・ユー♪
サプライズの誕生日祝いだった!

「願い事を決めてからキャンドル吹き消してね」と妹。
グッと心に染みた。
こんなふうに祝ってもらえたのは8年ぶり──同居していた母がまだ存命で元気だった時以来──だから。
名探偵失格
聞けば2週間も前から用意していたらしい。
そういえば東京滞在中、目に入るたびにあれ?と思わせるものが。
卓上カレンダーが、あらかじめ翌月にめくってあるのだ。
元に戻してみると、その日の欄に「サプライズ」と書き込んである。
なるほど、それを僕に見られまいとして。
それにしても感心したのは、美女3人姉妹怪盗キャッツアイの如く、妹の手際良さだ。

逆算してみれば、妹は夕食前に僕の目を盗み、あらかじめケーキを冷蔵庫から取り出すと、ケーキ台にセットして納戸に隠したことになる。
その後、いつサプライズを仕掛けるか、タイミングを見計らっていたに違いない。
やがて、僕がリビングを離れて服を脱ごうとするまでのわずか数秒間のうち、妹は電光石火の如く納戸へ駆け寄り、キャンドルに着火したというわけだ!
もう1つ感心したのは、アオくんの口の堅さ。
子供というものは、秘密ならなんでも共有してくれる存在であって、アオくんも例外ではない。
その彼が、僕の上京以降ずっとサプライズの秘密を保持できたとはブラボー^^
一方で呆れ果てたのは、自分の鈍感さに他ならない。
サプライズが進行していると気づくまで時間を要したどころか、感づくことさえできなかったとは、名探偵失格である^^;
思いがけないことに遭遇すると、おなじみのバースデーソングさえ、前世から響いてくる忘却の旋律に等しかった!
端的に言えば、僕ほどサプライズしがいのある相手はなかったと言うわけである(笑)

更なる驚き
こんなことがあって夢見心地で広島に戻ってみると、さらなるサプライズが待っていた。
生徒6人から次々とバースデーメッセージ&猫ギフトの数々が!

みんなの真心と祝意が伝わって、眺めているだけで心躍る^^
他にも色んな方々からお祝いが寄せられた。
7月に入会してきたばかりの方からも(!)
喜びに値するもの
これまでずっと長いことエンターテインメントの世界に関わり、人を喜ばすことに使命感を燃やしてきた。
「次はどんな仕掛けで観客やファンを楽しませよう?」「今度はどんなサプライズを用意しよう?」
たっぷり時間とお金をかけて「相手が喜ぶに値するものすごいアイディア」を実現することに尽くしてきたわけだ。
でも、逆にこうして自分が受け取る側になってみて、気づいたことがある。
一見些細でシンプルに思えるもの──暗闇のサプライズだったり、シールや絵文字で飾られたお祝いメッセージ──が、いとも容易(たやす)く僕を感激させてしまったこと。
なぜそんなことが可能なのだろう?
それは「使命感」ではなく「愛情」の産物だったから!

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