このたびの西日本豪雨土砂災害では、被災された方々、そして避難生活を余儀なくされている方々に心よりお見舞い申し上げます。
現状
報道されている通り、広島市郊外の被害は深刻です。
雨は上がれど、河川の氾濫という二次災害まで発生。
広島に通ずる鉄道や高速道路は遮断され、物流が滞ってます。
こんなことはおそらく1945年8月以来でしょう。
あたたかいお見舞いの言葉を寄せていただいた皆様、ご親切にどうもありがとうございます。
幸い、ここ広島市中心街では雨が降り続いただけで済みました。
影響といえば配達物が2日遅れで届いたくらい。
ただ、スーパーには商品が届かず、ミネラルウォーター、パン、麺類、お豆腐の棚がからっぽです。
そんな状況下でも市民は平静に必要な分だけ買い物していて、混乱は見受けられません。
それはひとえに黙って耐え忍ぶ日本人気質に加え、原爆の焼け野原を孤立無援で生き延びた不屈の精神を受け継いだ土地柄だからでしょう。
予兆
思い返してみると、先週は災害前から妙な雰囲気でした。
空は不気味な鉛色に錆びついた雲で覆われ、まるで何か良からぬことが起こるのを察知したかのように、人の態度もなんだかよそよそしかったり。
災害前日の木曜日には、個人的に危機意識を感じる出来事がありました。
郵便局と図書館そしてショッピングモールに用があって外出した時のこと。
外はザーザー降りの雨に強い風まで伴っていました。
横から吹きつけてくる雨風に、傘をさしても濡れていく下半身。
横断歩道を渡り、郵便局通りにさしかかった時です。
突然、一陣の突風が真正面から襲いかかってきました。
「来るな! すぐに帰れ!」
風が僕に警告しました。
少なくとも僕はそれを警告だと受け取りました。
でも郵便局は目の前。
それに僕のカバンの中には、返却期限まであと数時間に迫った本が6冊。
とりあえず用事をパパッと済ませよう。
郵便局から出ると、僕は一路図書館を目指しました。
郵便局通りからまっすぐ進み、信号待ちを避けて近道を、と角を曲がったその先。
いつもは人通りのない裏道。
ところがその日は違いました。
向こうからワサワサとひとかたまりになって人や車が押し寄せてきます。
先頭の女性は、雨風の夕暮れに何の因果か、ゴロゴロと大きな旅行用スーツケースを引いてます。
その女性の後ろから、別の人たちが道を譲る気配もなく僕に向かってきます。
彼らの歩くそばの家からは、軽自動車が道路に出てこようとしてます。
先頭の女性は、僕の後ろから来たタクシーを止めて、目の前で乗り込みました。
「来るな! すぐに帰れ!」
まるでそこにいる全ての人と車が一丸となって僕を通せんぼしているようでした。
僕は窮屈な思いをして、通行人たちとタクシーと軽自動車の狭間を縫って、図書館に向かいました。
それでもう十分でした。
理屈ではなく、第六感で危機感を察知するには十分だったのです。
これ以上の外出は無用。
身震いしながら返却ポストに投函を済ますと、僕は帰路をとりました。
2度も警告を受け取ったら、それ以上先に進むべきではない。
3度目は、警告もなくやってくるのだから。
警告
1度目は、福岡の特別警報後ずっとテレビで呼びかけられていた「命を守る行動を!」
2度目は、翌日午後から10数回に及ぶスマホの緊急避難アラート。
そして3度目は警告もなく、多くの家屋と人の命が飲み込まれました。
4年前の大災害で、いやがおうにも危機意識を植えつけられたはずの広島市民。
でもただひとつ盲点がありました。
21世紀に入ってから、広島市で大災害が集中したのはほとんど西部〜北西部の団地。
ところが今回の被害はいずれも東部の団地に集中していたのです。
危機意識の高い方々は第六感を頼りにされ、早い人だと前日から既に避難所や親戚宅へ移動されていました。
警告に耳を貸していれば救われた命がどれほどあるでしょう。
犠牲者数の多さを思うにつけ、心が痛みます。
山寄せや山の上に広がる団地。
確かにハード面ではいろいろな課題があります。
でもまず危機意識をもって動くことが防災の基本ではないでしょうか。
警告が発せられるのは2度目まで。
それに耳を貸さなかったツケはあまりに大きすぎます。
今日は広島と岡山に夕立が予想されています。
被災地域には再び土砂災害の避難指示が出されました。
どうかあなたの第六感に耳を信頼して、安全な場所へと移動してください。
あなたの大切な命を守るために、どうか勇気を持って行動してください。
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