夏を追い立てて、疾風が吹き抜けてゆく。
ん〜、気持ちいい!
高くなった青空を見上げ、白い雲の向こうに目をこらしてみる。
こんな日には、雨傘を広げたメリー・ポピンズがフワリと降りてきそうだなって。
アナベルの小さな物語
全8作に及ぶ「メアリー・ポピンズ」原書シリーズの中に、お気に入りの一節があります。
日の光が窓から滑り込んで、部屋を横切って、ゆりかごの方へ伸びて行きました。 「目をお開け」と日の光は優しく言いました。暖かいそよ風が、枕の上のモスリンのひだ飾りを動かしました。「カールがいい?それともまっすぐ?」とささやいて、そよ風はゆりかごの中へ降りてきました。 「わたしは土と空と火と水なの」と静かに言いました。 「わたしは海と潮から来たの」とアナベルが続けます。「空と星から来たの。太陽と輝きから来たの。 わたしは土と森から来たの」 (トラヴァース著「帰ってきたメアリー・ポピンズ」より)
ここで描かれているのは、誰もいない静かな部屋の中で、生後間もないアナベルという名の赤ちゃんが、日光やそよ風とお話ししてるシーン。
もちろん、言葉を介したコミュニケーションではありません。
アナベルは誰の耳にも聞こえない魂の言葉を使って、光や風とおしゃべりしているのです。
まさに夢のようなおとぎ話。
読むたびに顔がほころんでしまいます。
でも、あながちおとぎ話というわけでもないんですよね。
無垢な赤ちゃんには、まだ常識も社会性も宿っていません。
生物学上ではヒトに分類されていても、その霊性は人間とは別種の存在。
まだ未熟な現代物理科学では及びもつかないやり方で、赤ちゃんは森羅万象と意識を疎通することができるのです!
夢見る原動力
メアリー・ポピンズの生みの親、トラヴァース女史。
彼女の常人離れした独創性は、前章でご紹介したアナベルにまつわるわずか数行のエピソードの中にも生き生きと現れています。
光が射して、風が吹き込んでいる、静けさに満ちた部屋。
そんなありきたりで見過ごされやすい光景から、彼女は夢のような物語を紡ぎ出します。
単に憧れを夢見ているだけでは、これほど深い洞察力は生まれてきません。
なぜなら夢見る力は、夢と真反対の現実世界で育まれるから。
不条理に満ちた現実、束縛された日常、連鎖していく負の感情から。
そうした手痛い環境に置かれると、ほとんどの人は犠牲者意識を育んでしまいます。
「なぜ自分はこんな目に遭わなきゃいけないの?」と。
それは目に見えるものしか見れない、窮屈な生き方。
被害者意識を募らせても、行き着く先に待っているのは幸福や安息であるはずがない。
自分が正当に扱われていないことに立腹するか。
あるいは所詮その程度の価値しか自分にはないとイジけるか。
目に見えるものしか見ないのは、エゴに端を発しているせい。
そこから自分の感情や行動まで、エゴに操られてしまう。
だけどもし、大人になってもアナベルのような第七感の意識でいられたなら、不条理に思えた現実世界を見る目まで変わってくる。
目に見えるものだけでなく、エゴに遮られて目に見えなくなっていたものまで見え始めるんですね。
そこから夢の翼が育まれて、現実世界を超越していく。
地上世界から解き放たれ、まるでペガサスのように独創性を羽ばたかせながら。
失った金貨と澄んだ泉
トラヴァース女史を始め、童話作家と呼ばれる人たちは、こうした澄みきった泉のごとく第七感的な視点を持っています。
それは「第三の目」と呼ばれ、エゴイズム(自分本位)な感情から解き放たれた時、開眼します。
夢見ることを「現実逃避」だと一蹴する人は、目に見えるものしか見ようとしない頑固な人。
だけど童話作家は違います。
童話作家とは第七感的な洞察力を得て、エゴが作り出した不幸な現実の向こうにある金脈を発見した、勇気ある勝者なのだから!
失った金貨のことを嘆くのか。
それとも金貨の裏側にある秘密に気づくのか。
童話は常にその手がかりを教えてくれます。
結局のところ、現実世界とはエゴが勝手に描き出した蜃気楼でしかないんですね。
この世で真にリアルなのは、日常と隣り合わせに隠された夢の種。
あなたを縛っている常識や社会性を超えたところに、あなただけのリアルな夢が待っている。
そしてあなたはそこへたどり着く翼を、生まれながらに持っている。
そのことを童話は穏やかに親しみ深く教えてくれるのです。
それにしても、赤ちゃんに生えてくる髪の毛が直毛になるか天然パーマになるか、そよ風が決めていたなんて!
トラヴァース女史、最高♪
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