申し分ない朝の異変
6月のその朝は快晴でした。
家中の窓という窓を開けたら、清々しいそよ風が駆け抜けてゆきます。
僕は上機嫌で朝食を手作りしていました。
その朝のメニューは、スモークチキンのホットサンド、ハーブを散らしたコブサラダ、デザートにメロン、そしてカフェオレ。
何もかも申し分ない朝。
と、そこへ、けたたましい鳴き声が聞こえて来たではありませんか。
黒猫マック(5歳)の声です。
裏のベランダあたりで鳴いているのでしょうか?
母が亡くなって以来、うちのニャンコ達は、訳もなく鳴きわめいた時期がありました。
よほど寂しかったのでしょう。
いつも病床の母の周りで付き添っていましたから。
ところが、その朝のマックの泣き声には、どこか気になる響きがありました。
母を求めているのではなく、こちらの気を掻き立てる非常ベルのような悲鳴。
キッチンで立ち働いていた僕は火を止め、裏のベランダに行ってみたのです。
チロ兄ちゃんの災難
そこで目にしたものに、僕はショックを受けました。
マックの視線の先には、ベランダで縛り付けになっているチロ(16歳)の姿。
ベランダに干していたベッドの敷きパッドから垂れ下がるゴムひもが、チロの腹部を幾重にも締め上げています。
かわいそうに、がんじがらめに絡まったチロは身動きが取れません。
今にも地面から足が離れて宙ぶらりんになる寸前の状態で、もがくこともできず立ち尽くしています。
おそらくベランダに出た時、チロは垂れ下がっているゴムひもをくぐろうとしたのでしょう。
前脚は無事に乗り越えられたものの、後脚はうまくいかなかった。
それで右往左往しているうち、すっかりゴムひもがチロの腹部を縛り上げてしまったのです。
お手柄マック
ただでさえ高齢のチロは、昨夏立てなくなったことがあって以来、体調が万全だとは言えません。
僕はすぐゴムひもを外しにかかりました。
ところがゴムはチロの幾重にもお腹に食い込んでおり、ちょっとやそっとじゃ抜けません。
ゴムひもを切断しなきゃならないかな。
そう危惧したものの、チロを右回りに10回転させてきれいに解けました。
あぁ、良かった!
僕はチロを抱きしめました。
「よく頑張ったね! 災難だったね!」
放心状態だったチロは、ほどなく歩き始めました。
マックが機転を利かせてSOSを発したおかげで、チロが不自由だったのも数分程度で済んだのでしょう。
僕はマックの頭を撫で上げて褒めました。
「よく知らせてくれたね! マックがチロ兄ちゃんの命を救ったね!」
マックの嬉しそうな顔といったらありませんでした。
冷めた朝食
マックにとって、チロは大好きなお兄ちゃん。
以前はお相撲さんごっこをしてもチロ兄ちゃんには敵いませんでしたが、近年では立場が逆転。
それでマックの方では少し手加減しながら、今日もチロ兄ちゃんと一緒に仲良くやっています。
それにしても、これが朝食の準備中であったのは幸いでした。
もし僕がヘッドホンを装着して音楽制作に没頭していようものなら、どんなにマックが声を上げようとも僕の耳には届かなかったでしょうから。
その朝の朝食はすっかり冷めてしまいました。
それでも僕は両手を合わせると、その朝の恵みとチロの命、そしてマックの機転に感謝の祈りを捧げてから、美味しく平らげたのでした。
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こもれび(作詞・作曲/コリ和弥 編曲/ヒデキマツバラ)
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