日本にいると、1年のうちお正月の三が日は、独特な空気感を味わうことになります。
せわしかった街中が肉体的な眠りと霊的な目覚めを迎え、まるで神様の息吹の中にいるような穏やかさに満たされます。
コロナ騒ぎが明け、4年ぶりにまともなお正月を迎えられる2024年は、なおのこと穏やかだろう。
ところが、そうは問屋が卸しませんでした。
歴史上、類を見ない波乱の年始。。。
折しも広島から上京していたものですから、なおさら事の深刻さを身近に感じました。
【天災】1/1 能登半島大震災
津波や火災に見舞われ、いくつもの市街地が丸ごと消失するという悪夢。
痛ましいのは、命の助かった方々でさえ、環境的要因によって災害関連死に見舞われていること。
避難するあてのない車中泊で、循環機能障害(エコノミークラス症候群)により命を落とす方々。。。
寒い避難所で、低体温症によりひっそり息を引き取る方々。。。
東京でも揺れたようですが、ちょうど自転車で移動中だったボクは体感的に何も感じませんでした。
でも日本中どこにいても、地震の危険とは隣り合わせ。
お正月だからといって、地質活動までお休みになるわけではないと痛感した元旦でした。
【事故】1/2 羽田空港衝突炎上事故
その大震災のニュースさえ後回しにされるほどの大事故が起きたのは、1月2日夕刻。
ちょうどその時間帯、1人で羽田空港行きの京急線に乗ってました。
車内はスーツケースを持った外国人観光客で混み合っていました。
皆おそらく帰国の途につくところだったのでしょう。
途中下車したボクは、先に帰宅していた義弟がテレビをつけるまで、その乗客たちの身の上を案じる時がやって来ようなんて思いもよりませんでした。
炎上を続ける航空機の衝撃的な映像に圧倒される事しばし。
そして、ふと頭をよぎったのが京急線の外国人客らのことでした。
彼らが羽田空港に到着してみると、滑走路閉鎖による全便運行キャンセルの事実に直面したことでしょう。
1日2日、あるいはもっと足止めを食ったに違いありません。
この事故による飛行停止で、全国的に数十万人もの搭乗客の足に影響したという話です。
そのうちの数十人と京急線車内で同乗した縁には、何だか思うところがありました。
話は変わって、燃え盛る機体を映し出すテレビ画面を前に、頭の中は疑問だらけでした。
22シーズン目に入るカナダ製作の航空事故検証ドキュメント番組『メーデー』250話を欠かさず見てきたので、こういう話には詳しいのです。
なんで今更こんな事故が起きるの?
こうした滑走路上での航空機衝突やニアミスが頻発していたのは、20世紀の話。
その後こうした事故回避のため、世界中の主要空港に地上レーダーが装備されてもう20年以上は経つはず。
後日報道を聞いて愕然としました。
「羽田空港ではこの地上レーダーを監視する管制官を配置することに決定しました」
えぇ!?
じゃあ今まで羽田空港では、地上レーダーをモニターする管制官がいなかったの!?
なんて恐ろしい!
日本で最も過密な羽田空港でさえこの有様なら、他の国内空港も知れてますよね!
一体何のための地上レーダーなのでしょう!?
過去にも、地上レーダーが装備されていたのに事故へと発展した例があります。
2001年イタリアのリナーテ空港で、あろうことか地上レーダーのモニターの電源がオフになっていたのです!
その代償は高くつき、離陸滑走中だったスカンジナビア航空と誤進入機との衝突により、双方の乗員乗客全員が犠牲に。
モニター電源が切られていた理由は、地上レーダーが鳥などの小動物にも反応してしばしば誤操作し、管制現場を混乱させるからだと。
この度の羽田空港事故と酷似してるのが、地上レーダー開発以前の1991年に起きたロサンゼルス国際空港での衝突事故。
まるで再現したのかと思うほど、共通点が多いのです。
①着陸する大型機と、滑走路に誤進入した離陸前の小型機
③航空管制現場のヒューマンエラー
つまりこの30年間、いかに目覚ましく事故対策技術が進んでも、管制現場では大して変わっていないというわけですね!
ではロスと羽田の事故で、唯一の違いは?
日航機の乗客乗員が生還できたこと!
【人災】1/3 山手線 無差別連続殺人未遂
これはトップニュースになって然るべきニュースでした。
が、大震災と航空事故のインパクトが強すぎて、あまり報じられず。
1月3日、山手線内で女性が刃物で乗客を無差別に刺傷させる事件が発生、秋葉原駅で停車したところを逮捕されました。
地下鉄サリン事件の時もそうでしたが、ボクも普通に利用する路線でこういう事件が起きるのは、ほんとシャレにならない。。。
でも犯罪が多発してた頃の物騒なニューヨークや、IRAの爆弾テロが頻発してた頃のパリを歩いてるので、心構えならできている方かと。
それにボクは大都市であればあるほど惹かれる性分。
ニューヨーク、ロンドン、パリ、それに東京で過ごすと、必ず異邦人的な面白いセンスの持ち主と知り合い、心の交流が生まれる。
それが楽曲作りのアイディアだったり、こうして書き物の題材につながる。
それに芸術家や表現者は、危険と隣り合わせな状況であるほど、カッティングエッジな作品を生み出せるもの。
危険であるほど美しい人生
というわけで、天災、事故、人災が続いた2024年の年始。
でも書いているうち「危険であること=悪だ!」と断定してしまうのはどうなの?と感じました。
被害に遭った方々がいるからこそ「助けたい」「力になりたい」という気持ちが芽生えるのも真なり。
それに安全で害のないものばかり選択しようとするほど、心が不安や強迫観念に偏(かたよ)るのも事実で、かえって窮屈で頑固な考えに拍車がかかってる人いますよね^^;
この世で100%安全を保障された場所なんてありません。
生活にしても、立場にしても、100%保障されたものなんてあり得ないのです。
むしろ危機意識や不安と隣り合わせにいながら、いかに安らいでいられるか。
そこを目指すことを、今年の目標にします^^
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