ヒデキマツバラの猫道Blog

弾いて歌って踊るサウンドクリエイターが綴るドラネコ風エッセイ

不器用なあなたじゃないとできないこと

不器用であることは、煮込み料理に落としたローリエの葉に似ている。

ほんの一枚だけで、その日のディナーが忘れ得ぬ味になる。

 

不器用であることは、手擦れのした文庫本に似ている。

ほんの一文が、人生最後の日までも照らす光になる。

 

不器用であることは、手紙にしたためられた文字に似ている。

それはあなたが愛情を受けるにふさわしい存在だと語る。

 

作品をクリエイトする時、

不器用さが味わいを深める。

 

人間関係をクリエイトする時、

不器用さが絆を深める。

 

人生をクリエイトする時、

不器用さが喜びを深める。

 

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1年前、初めてYouTubeにライブ動画をアップした。

ちょっとユニークな目標を立てたのである。

五大陸すべてに自分の音楽を鳴り響かせよう、と。

 

つまり、ユーラシア、南北アメリカ、アフリカ、オーストラリア、

5つの大陸すべてに視聴者をもつという、なかなか壮大な目標である。

 

世界には200もの国がある。

その世界がネットで繋がった21世紀、

組織力も宣伝力も持たない者が、極東から音楽を発信して

果たしてどこまで展開していけるものであろうか?

 

アクセスしてくる人の総数ではなく、

アクセスしてくる地域を狙う、というところがポイントである。

 

音楽好きで物好きな欧米人なら、偶然目に留めてくれる機会もありえよう。

でも第三世界を含めたワールドワイドな可能性となれば未知数だ。

 

例えば、どれほど音楽好きで物好きなあなたでも、

コートジボワールパーカッショニストの動画サイトを訪れる機会はまずないだろう。

 

でも西アフリカへの興味あるいは渡航歴があり、かつ打楽器に夢中な日本人が一人でもいれば、

そのアーティストの動画に行き着く可能性はゼロではない。

 

僕がやろうとしているのは、そういう人を各大陸から探そうという試みである。

先入観なく僕の音楽を耳にしてくれる人が、それぞれの大陸に一人でも見つかればいい。

 

それは文字通りウェブ(蜘蛛の巣)を張って獲物を待つハンター同然かもしれない。

でも、世界に向けて音楽を作っている自分にとって、

やってみる価値のあるチャレンジだった。

五大陸制覇まで何年かかるか、想像もつかなかった。

 

しかし、想像力を働かせる必要はなかった。

もっと差し迫った根本的な課題があった。

動画編集の経験が皆無だったのである。

 

編集といっても大それたことではない。

ライブDVDから特定の曲をYouTubeにアップロードするだけのこと。

 

ところが可能な限りあらゆるソフトを試してもうまくいかない。

画質が劣化したり、映像と音楽がどんどんずれていったり、手に負えない。

まるで反抗期まっさかりの不良クラスを任された担任の心境である。

 

こうなったら空いた時間をとことん動画編集にあてて試行錯誤。

なんとかアップし終えると、すぐ次の動画に取り掛かる。

そうして膨大なデータ量と時間ばかり食う作業を数週間続けた矢先、

まだ2年しか使ってないMacBookが愛想つかしてぶっ飛んだ。

 

五大陸すべてに自分の〜、なんて夢見るどころじゃない。

パソコンでの日常業務すら立ち行かなくなった。

 

なんて不器用なんだろ。

心底、自分が情けなかった。

 

気軽にスマホで撮った動画を即時アップ、瞬時に拡散して高レスポンスを得る、

そんな器用でスマートな人たちがいる。

一方、気を揉んだ挙句、ジタバタあくせくヤマダ電機に駆け込んで

iMacの購入に踏み切らざるを得ない不器用な僕がいる。

 

まるでたった一本しかない道に土砂崩れが起きて、

処理するそばからますます行く手を阻まれる心地。

それは意外と打ちのめされる体験だ。

 

単に自身のささやかな望みで始めたこと。

仕事でもない、誰かに迷惑をかけたわけじゃない。

何かに失敗したわけでもなければ、生死にかかわる問題でもない。

道は無くなったわけじゃない。

なのに溺れかけてる。

意気込み過ぎて、手に負えなくて、

アクセルとブレーキを同時に踏んでタイヤは空回り。

 

なぜ?

問いかけた。

 

器用にやろうとするからです

 

答えがあった。

 

不器用であることを恥じてるからです

自分を恥じながら、それを隠して良く見せようとごまかしているうちは

ダメな自分を再認識させられる物事にしか行き当たりません

「奮闘すれば報われる」という考え方を手放しなさい

 

じゃ、どうすればいいの?

 

受け入れなさい

 

何を?

 

すべての経験とあなた自身

 

 

それからほどなくした頃だった。

意外な場所からアクセスがきた。

南米。

そこから西欧諸国、中東、東欧、北米、オセアニア、アジアへ、

じわりじわりと視聴者が広がっていったのである。

 

それは自分の心の内に灯った小さな光が

聖火リレーのように点々と世界に受け継がれていくような光景だった。

 

そして10本目の動画をアップしたところで、ついに目標を達成。

最後の難関、アフリカ大陸からアクセスがあった時こそ、

全大陸で僕の音楽が流れた瞬間だったのである。

スタートして3ヶ月もたたない頃であった。

 

そして1周年を迎えた現時点で、視聴者は世界48カ国まで広がった。

ネット上で仮想バンドを組んでセッションするというサイトに

ご招待いただいたりもしている。

 

先月はちょっとした珍現象が起きた。

アクセス数で常にナンバーワンだった日本を、カナダが上回ったのだ。

つまり9月は、日本人よりもカナダ人の方が僕の音楽を多く視聴してくれたのである。

なんてこった。

 

これまでの国別アクセスを集計してみたところ、

 

1位 日本

2位 アメリカ合衆国(州別では1位フロリダ、2位アリゾナ、3位イリノイ

3位 イタリア

4位 イギリス

5位 オランダ

6位 ブラジル

7位 ドイツ

8位 カナダ

9位 メキシコ

10位 フランス

 

ほぼ僕の音楽ルーツにあたる国々が並んでいて感慨深い。

それにしても、欧米に混じって、ひときわブラジルの存在が異色だ。

このあと11位ロシア、12位ポーランド、13位オーストラリアと続き、

日本に次ぐアジア圏は14位のインドとなる。

 

さらなる広がりを目指して、いずれアップロードを再開していきたい。

どなたか効率よくサクっといくソフトなどご教授いただけると幸いである。

 

YouTube、ブログ、ツイッター、グーグルビジネス、HP等々、

ネット関連だけでもやりたいことがいっぱいあって、

最優先的な部分でしか回せてないのが現状である。

そうした活動を器用にこなせる人たちが、つくづくうらやましい。

 

でも不器用だからといって断念していたら、

MacBookは現役で活躍していただろうけど、

48カ国の人たちとの縁はありえなかったのだ。

 

器用か不器用か

問題の核心はそこにあるのではない。

そんな自分を受け入れるか否か、それにかかってる。

 

何かがうまくいかない時、大抵の人は自分に責任を感じる。

能力不足、努力不足、経験不足、認識不足など

自分に何かが欠けているがゆえに招いた失態や膠着状態とみなす。

それを補おう、打開しようとして無理をすると、それはもうあなた自身ではない。

全力で自身を否定して、自身から乖離し、別人となって砂地獄にはまりこむ。

 

しかし自分に何かが欠けているという意識さえ手放せた時、物事は好転する。

周りの状況如何を問わず、母親の胎内で守られているような感覚が芽生え、

絶大なる安心感に満たされたまま存在していられるのだ。

そうなれば道の方から開けていくのも時間の問題だ。

 

そもそも器用か不器用か、その基準は極めて危ういものである。

それは少し先を行く人との単純比較による相対的な主観でしかない。

こんな自分でも、後から来る人から見れば器用に映るのだ。

つまり不器用とは思い込みであり、言い訳である。

また自分らしさでもあり、個性でもある。

 

だから、あなたも不器用なあなた自身を否定する必要はない。

不器用な自分を抱きしめ、保護し、思い切り受け入れてみよう。

 

大丈夫。

そこから先に、不器用なあなたじゃないとたどり着けない場所があって、

不器用なあなたじゃなきゃ出会えない誰かが待っている。

 

あなたは一枚のローリエの葉だ。

それは器用ではないし、スマートでもない。

でも、あなたにしか出せない味がある。