4周年を迎えた猫道ブログの記念企画!
ブログ第1回目に掲載予定だった未発表エッセイを、4年越しで公開します。
それは、家族にも、友達にも、誰にも打ち明けたことのない、僕だけの秘密の親友のこと。
目覚めの挨拶
眠りから覚めたら、サーっとカーテンを開いて、朝陽を部屋に呼び込む。
窓を開けると、新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込む。
それから、目の前に立っている親友に向かって挨拶するんだ。
「おはよ、いい天気だね」
すると僕の親友は、いつものように軽くお辞儀をすると、枝を振って応えてくれる。
風がそよと吹かない朝でも、枝を揺らして挨拶してくれるのだから不思議。
雨の朝は、こう言って挨拶する。
「おはよ、恵みの雨だね」
すると僕の親友は、とてもうれしそうに枝を揺する。
そして一身に雨を受けようとして、両手をいっぱいに広げるんだ。
時には、こちらが挨拶しても、ちっとも反応しないことがある。
どうやら、木も寝坊することがあるらしい。
そんな場合は、頃合いを見計らって再び挨拶してみる。
すると僕の親友は、寝過ごしたバツの悪さだろうか、少し照れたように下の枝を小さく振って挨拶してくれるんだ。
初対面
その木と近づきになったのは、この部屋に越してしばらく経った頃。
マイルームの模様替えで、パソコンデスクを窓側へ向けた時だった。
目が合ったんだ、僕とその木は。
僕の視線とちょうど同じ高さに、彼のてっぺんの枝があった。
僕のことをまっすぐ見つめ返している彼。
その日から、僕らは友達になったんだ。
緑の風わたる春の日。
陽射しを跳ね返す夏の日。
落ち葉散る秋の日。
雪の子が遊ぶ冬の日。
一年中いつも、カーテンを開けたら、そこに君がいた。
危難の嵐
ひどい嵐の午後だった。
台風が上陸した秋の日のこと。
それは後にも先にもない超大型台風で、瞬間最大風速なんと62メートル!
宮島の厳島神社に壊滅的な被害をもたらすことになった、悪名高い台風。
外なんて出れたもんじゃない。
嵐が襲いかかる街を、マイルームから見下ろしていた。
これほど激しい暴風は経験したことがない。
眼下に停車していた軽トラックまでが、横滑りして行くではないか。
このまま運転手が戻らなければ横転しそうだ。
ハラハラしながら見ていたその時だった。
雷が落ちたのかと思うほど、ものすごい大音響がした。
バキバキ! メリメリ!
トラックの先にあった大木が根元から倒れていく。
これほど悲痛な叫び声は聞いたことがない。
あんな太い木が折れてしまったのだ。
僕は親友のことが気になり始めた。
折れた大木から2本ほど隣に立っている僕の親友は、果たして大丈夫だろうか?
僕は祈り続けた。
どうか僕の親友をお護りください!
台風一過、僕は天が願いを聞き入れてくれたことを知った。
そして親友の木と一緒に喜び合った。
目に見えない合図
木と心を通い合わせるようになるのと同時期だった。
目に見えないものへの扉が開かれていったのは。
たとえば、このマイルーム。
気分がモヤモヤする時ってのは、部屋からの合図だ。
そろそろ、部屋を一新してみたらどうですか?って。
そうすると、僕はいざ袖を捲り上げ、部屋の大掃除と模様替えに取り掛かる。
あまりの徹底ぶりに、部屋の前を通りかかった母があんぐり口を開けるほど。
拍手喝采
それは、何をしてもモヤモヤ気分がおさまらなかった日のこと。
部屋をひっくり返して掃除してみること数日。
整理整頓し尽くしたにもかかわらず、なぜかまだモヤモヤ。
何か見落としてるんだろうか?
今一度、換気でもしよう。
窓を開けたその時だった。
思いもしなかった考えがもたらされた。
「カーテンを洗う」
カーテンを洗う?
ハッとした。
そういえば、この部屋のカーテン、まだ一度も洗ったことない。
今朝のうちに洗えば、夜には全て乾くだろう。
いざ、カーテンを外しにかかったその時だった。
割れんばかりの拍手が巻き起こったのだ。
コンサートホールのスタンディングオベーションさながら。
この拍手はどこから!?
すると目の前で、僕の親友がかつてないほど全身で枝を揺らしているではないか。
そのザワザワというものすごい葉ずれの音が、まるで拍手喝采のように聞こえたのである。
にわかに巻き起こった一陣の大風が、僕の顔にも吹き付けてくる。
窓を開けるタイミングと、風が木に吹き付けた瞬間とが、たまたま偶然に重なったのだろうか?
いや、違う。
「カーテンを洗う」というアイディアをくれたのは親友の木に違いない。
そう直感した。
その木は拍手喝采しながら、なおも語りかけてくる。
「そう、それでいいんだよ。カーテンを全て洗ってごらん。そうしたら、君のモヤモヤも消えてなくなるから」
その日の夕方、乾いたカーテンを再びレールにかけた頃には、親友の言葉が真実であったことを知った。
喜びと驚きに満ちた暮らし。
1年中ずっと僕の大好きな緑色に身を包み、どんな時もそこにいてくれる僕だけの親友。
樹木を友に持つっていいものだ。
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